2013年7月25日木曜日

自殺と結婚と経済物理学

B.M.RoehnerのEconophysics: challenges and promises An observation-based approachというテキストは「経済物理って物理なの?なぜ経済や社会現象を物理で研究するの?」という同僚や友人からの疑問に答えるためとのこと。

結論は、経済・社会現象は生命や脳といったホンモノの複雑系(Complex system)に比べれば、Complicated System(込み入った系)であり、なんとかなるはずである。こうした系の現象の難しさは、多くの要因が絡み合っているからであり、ある要因のみを切り出して、それが原因であることが示されれば、その原因にもどづくモデル化と異なる状況での予言と検証という物理学の研究手法が可能になる。その具体的な例としてあげているのが自殺と既婚率の関係。


左の表はさまざまな国、年代での既婚者と未婚者の自殺率の比を並べたもの。この表を見ると、誤差を含めても比はどれも1より上なので、未婚者の自殺率が既婚者のそれより高いことが分かります。男性の場合、平均2.3倍。では、この結果から、未婚であることが自殺の原因と結論できるのでしょうか?もちろんそんなことを主張できません。この表は未婚・既婚と自殺率の相関関係を述べたものであって、因果関係については何も分かりません。実際、未婚だから自殺しやすいのではなく、自殺しやすい人は性格的な問題やらなんやらで、結婚できないのかも知れません。これはフィッシャーが喫煙が肺がんの原因であるという因果関係を認めなかったのと同じ理屈です。煙草を吸ったから肺がんになったのではなく、肺がんになる人に煙草の好きな人が多いのかもしれません。

既婚・未婚と自殺率の因果関係を示すにはどうすればよいのか?理想的なのは、男性の集団をランダムに二つのグループに分け、一方は結婚禁止、もう一方は強制的に結婚させて、自殺率を計測し比較すればよい。これフィッシャーの実験計画法のアイデアなのですが、それは人道的に無理。では、どうするのか?そこで、Roehnerは、アメリカの鉄道建設に従事するために海を渡った中国移民の自殺率に目をつけました。その理由は、(1)中国移民での男性と女性の比率が最初は27倍から始まり、建設が進み時代が下がるとともに低下し最終的に1.02倍にまで低下したこと、(2)この移民集団の男性の未婚者は単に移民の中の女性の比率が低いから結婚できないだけの普通の男性の集団であることでした。つまり、実験としては理想的な環境となっているわけです。

すると、あとは既婚の男性と女性の自殺率、未婚の男性と既婚の男性の自殺率の比の3個のパラメータを用いたモデルで男女の比率に対して集団の自殺率を計算することは簡単です。その結果が次の図です。この図の中のモデルでは未婚男性の自殺率が既婚男性の自殺率の4.2倍として計算しています。図には、日本人の移民のデータ(赤丸)もプロットされていますが、日本人の場合、男女の比率のレンジが小さく、モデルの結果と合っているとは主張できません。一方、中国移民のデータ(星印)は、男女比の比率が1から6のレンジでモデルの結果と合っています。この結果、既婚・未婚が自殺の原因の一つであることが明確に示されたことになります。

テキストでは、この主張に対する反論として、(1)男女比率の低下と同時に移民が裕福になり、それが自殺率の低下の原因なのではないか、(2)同時期にアメリカの自殺率も低下したのではないか、があげられていますが、裕福な人の自殺率は高く、アメリカの自殺率に中国移民の自殺率と同じトレンドはないことから否定できるそうです。

このように、データをうまく使い、現象に関係する要因を一つだけ抜き出していくことで、因果関係に基づくモデル化が可能になり、予言か可能になる。

この話をある学生さんに話したら微妙なようでした。たしかに面白く話のネタにはなるのですが、物理の学生が目を輝かせて「僕もこうした研究をやりたい」と思うのかどうか?たぶん思わないでしょう。

研究の方向性として正しいけれどほとんどの場合無理。そもそも社会現象を記述するのに「物理」である必要があるのか?ビッグデータとさわいでいるのを見ると、因果関係なんかぶっとばして、相関関係だけで適当に予想するのがトレンド。複雑系の科学の目指した「要素に還元せず複雑なまま理解する」とはビッグデータの解析と予測のことではないのか?と最近思ったりもします。


2013年7月5日金曜日

WEBページのリニューアル

今学期はデータ解析・数値計算のテキストの執筆や、カリキュラム変更で旧カリと新カリがダブって大学院までいれると全部で5コマ。なにも出来ない状況だったのですが、前期も終わりに近づきようやくひと息つける状況になってきました。そこで、WEBページのリニューアルと採択された科研費の研究課題「実験経済物理学による社会的学習と集団知の創発過程の解明」のサイト、秋に実施予定の集団実験の予約サイトの構築を終えました。

後期も前期と同じく5コマあり、卒研生6名、院生1名の指導と集団実験で忙殺されそうですが、まずはサイトができてメデタシメデタシ。しかし疲れた。