「普通に」ボールを投げると、重力の効果でボールの軌道は落ちるのが当たり前なのですが、ピッチャーが投げるストレートという「変化球」では、ボールが高速にバックスピンした状態にあるため、ボールの縫い目がボールのまわりの空気をかき混ぜることによりマグヌス力が働きます。そのマグヌス力の向きは、ボールの進行方向と回転軸に垂直な向きで、ボールが地面に並行に直進する場合は真上、キャッチャーミットを目掛けて投げ下ろしている場合は若干前のめりの上向きとなります。ちなみに、縦カーブ、ドロップという変化球では、ボールがトップスピン(前転の状態)していて、ストレートとは逆の向きに、つまり重力と同じ下向きの力が働き、縦の落ちる変化が無回転のときと比べて大きくなります。もうひとつ蛇足ですが、ストレートを投げるときのボールの回転軸とボールの縫い目の関係で、ストレートはフォーシームとツーシームに分けられます。ボールが1回転するときに、縫い目が4本見えるならフォーシーム、2本ならツーシームで、フォーシームの方が縫い目の回転数が増えてボールのまわりの空気をかき混ぜる効果が強くなり、結果としてマグヌス力も大きくなると考えられます。一方、ツーシームはフォーシームよりマグヌス力が弱い。すると、同じ投げ方のストレートでもボールの握り方ひとつでマグヌス力が変化し、ボールの軌道が変化するわけです。問題は、バックスピンで働くマグヌス力の上向きの成分と重力の下向きの成分の大小関係と、それがストレートの軌道にどのような影響を与えるのかです。
マグヌス力の大きさはボールのスピンの大きさに依存します。ボールのスピンの大きさをボールの回転速度(回転数とボールの周長の積)をボールの速度の大きさで割ったスピンパラメータSで表すとします。Sの大きさはプロ野球のピッチャーなら0.25程度ですが、山本昌投手の場合毎秒50回転の高速バックスピンのストレートを投げるそうで、球速を時速140キロとすると、Sは約0.3となります。つまり、ヒトの投げられる限界が0.3です。問題はSとマグヌス力の関係ですが、どうも単純な線形の関係ではなく、また、フォーシームとツーシームの差もほとんどないという実験結果もあるようです。簡単のため、マグヌス力の大きさはSρAv*vになるとします。ρは空気の密度、Aはボールの断面積です。v*vはボールの速度の自乗なので、球速vが早くなればなるほどマグヌス力は大きくなります。ボールに働く重力の大きさは、ボールの質量m=0.145[Kg]で約1.4[N](ニュートン)。マグヌス力の大きさは、S=0.3で時速150キロとすると約2.8[N]で重力の2倍、時速160キロだと3.2[N]となります。つまり大谷投手が山本昌投手レベルのSのストレートを投げれば、マグヌス力は重力の2倍以上になり、ボールの上向きの加速の大きさはマグヌス力がゼロのボールの下向きの加速の大きさをうわまわることになります。
ボールの軌道を計算してみます。ボールには重力、マグヌス力の他に空気抵抗の力も働くので、それら3種類の力をニュートン方程式にインプットします。まず、時速160キロのボールを高さ1.8[m]から地面に水平に投げた場合の軌道です。Sの値を-0.1から0.3まで変化させてみます。まず、驚くのがS=0.3の場合です。ボールはキャッチャーミットに届いたとき高さは2.8メートルに達します。つまり1メートル以上「ホップ」しているわけです。一方、S=0の無回転のボールの場合、0.8メートルなので、1メートルほど落ちていることが分かります。こうしたボールはバッターから見ると普通のキャッチボールのボールの軌道なので予測がしやくする打つのが簡単なのだと思われます。一方、トップスピンのS=-0.1の場合、ボールは地面すれすれまで落下しています。縦カーブ、ドロップのSの値が分からないのですが、これがそうした変化球の軌道にあたるわけです。
ここまで計算してきて思うのは、「この結果はどこまで正しいのだろう?」ということです。ボールに働く力として重力、空気抵抗、マグヌス力を取り入れていますが、ボールの回転軸は動かずSの値もずっと一定としていますし、マグヌス力の大きさの見積もりも、実験データを参考にはしていますが、大雑把なものです。ストレートの真の軌道を描くには、ボールのまわりに空気の流れまで含めて計算しないといけないでしょう。上の結果はあくまでも参考のためのものです。しかし、数値計算としてはなかなか楽しめました。
ちなみに、今回の数値計算はRのパッケージdeSolveを用いています。スクリプトball1.R,ball2.Rを参考までに置いておきますでので、ご興味のある方はボールの軌道を描いてみてください。