2011年5月22日日曜日

神経経済学入門―不確実な状況で脳はどう意思決定するのか



デカルト以来、人の行動には機械的な反射のような確定した運動と、自由意思が関与する不確定な行動があるという二元論が信じられてきました。そして、神経科学は前者を理解することに集中し、さらにはパブロフのように自由意思の関与を否定し、すべてが「パブロフの犬」のような反射なのだという極端な意見も出されるほど。たしかに、ある機能を実現する神経系と運動系を取り出してくれば、そこには「反射」を発見できる。「反射が存在するのか?」という疑問は無意味で、反射は実在するのだ。

しかし、そうではない、神経系は直面する問題を解くために発達してきたものであり、その結果としてできた神経系を見てそこに「反射」を見出しても、神経系が「反射」を行っているのではない。「神経系が解決する問題を理解することから出発しない限り神経系を理解することは無理」、鳥の羽を理解しようと思ったら、鳥が飛ぶという機能を実現していることを念頭に、飛ぶためにメカニズムという方向から考えないと絶対理に無理なのと同じ、というビジョンを打ち出したのがデビッド・マー。

では、神経系はどのような問題を解いているのか。それは、さまざまな選択肢のリターンとその確率の積から期待リターンを計算し、それを最大にする選択肢を採用するための計算を行うというもの。実際に神経の発火頻度はリターンの大きさや確率の大きさを表現しているし、また期待リターンが最大のものを選択している。もし、その結果として確率的に、つまり「サイコロ」を振って他者からは予測できないように行動するのがベストな場合、ハトであっても確率的に行動する。それは他者から「カモ」にされないように進化してきた結果であり、ヒトの場合にも正しい。(ダンゴムシが「心」を持つのも、持たないと「アリ」にカモにされるからなのでしょう。)

すると、二元論で考えてきた機械的な反射と自由意思が関与し、人が「自分が自分で決断した」行動の区別はなく、単に進化の結果、つまりリターン(包括的適応度)を最大化するように進化した結果、予測が簡単な場合は「反射」に見える行動を行う。予測が難しく確率やリターンの評価が難しい場合、他者の行動がリターンに絡んできたりして予測が難しい場合、または他者にカモられないために確率的に行動する必要がある場合に、ヒトは確率的に行動する。つまり、一元論。面白いのは、期待リターンが等しい場合、迷った結果ヒトは選択するのですが、その時ヒトは「自分の意思で決定した」と感じるらしいこと。

非常に面白い本でした。脳の動作原理がここまで解明されていたとは。ここまで脳の単体での動作原理が解明されてしまうと、藤井氏が「つながる脳」「ソーシャルブレインズ入門」で主張しているように、「つながった脳」の研究というのが新たなフロンティアというのは分かります。しかし、この本では、2頭のサルや二人のヒトでの行動原理についての解明もゲーム理論で期待効用を計算し、大体の説明がついている。それをデータの取得を増やして超えられるとは思えず、藤井氏の研究は難しいだろうなと思いました。

では、どういう方向で研究を行っていくのか?共同研究者のH氏は「相転移」が物理からのキラーコンセプトという考えのようで、私も「相転移」だとインパクトもあるし物理の雑誌に論文を出しやすいので賛成ではあるのですが、「相転移」が単に「情報カスケード」止まりだと早晩行き詰る。ヒトがどのように情報の流れのなかで適応していくのかは深いテーマですが、次の次をどうするか?

明月院



天気予報ではそうでもなかったのですが、朝起きたら天気がよかったので鎌倉に行ってきました。さだまさしの「縁切寺」のコース「源氏山から北鎌倉へ」を念頭に、その逆の北鎌倉から入り、時宗の円覚寺、あじさいの明月院、そして鶴岡八幡宮へ(本当は縁切り寺、明月院のあと源氏山に登ろうと思ったのですが、疲れたのでバスで八幡宮へ)。日曜日でしたが、それほど人も多くなく、初夏のみずみずしい緑の中を散策することができました。次は梅雨に入る前に江の島に遊びに行こうと思います。

2011年5月19日木曜日

Star-Triangle relation in Statistical Physics

R.J.Baxter。統計物理の研究者ならその名を知らない人はいないぐらいの有名人。そのBaxterのセミナーが東大駒場であると聞いたので聴講してきました。これが数理物理・物性基礎論セミナーの第10回目

午後4時から5時半までの予定で、アブストラクト通り、前半は Star-Triangle 関係式に関するレビュー。ここまでは普通(三角格子と蜂の巣格子の間でStar-Triangle 関係式から長方格子上の模型との関係を導くとかは知りませんでしたが)。後半は、その関係式のもっとも一般的な解を構成したBazahnovらの仕事(1006.0153)を紹介、6パラメータでカイラルポッツ模型や柏原・三輪模型も含むものである。そして最後にその一般的な解が物理的には無意味であることを示したAdlerらの仕事(1011.3527)を紹介し、泣き顔のマンガのスライドを見せて、which is sad. does not give new physical regular modelでおしまい。

私が嫌いな理論物理の分野のNo1がソリトンでNo2が可解模型だったのですが、その順位が入れ替わりそうです。数学としてはいいのでしょうが、面白い夢のあるトークを期待しただけに残念です。可解模型は物理としては終わっているのでしょう。新しい分野を探せというメッセージと受け取るべき、と思いました。

追記:もし、T木君が見てくれたなら、ぜひ反論をききたいです。また学会で。