実験論文IIが完成し、昨日からオンラインで読めるようになりました。
タイトルは、
Collective Adoption of Max-Min Strategy in an Information Cascade Voting Experiment
ヒトが他人の回答をカンニングしながら2択のクイズに答える実験です。実験論文Iでは、この系で相転移が起こることを示しました。クイズの正解を知らないヒト(多数派に群れるヒトという意味でハーダーと呼んでいます)の比率が90%以下なら、十分多くのヒトが回答すれば多数派が正解になる。けれど、ハーダーの比率が90%を越えると、十分多くのヒトが回答しても必ずしも正解にならない。多数派が間違える確率は40%になり、ランダムに回答するのと大差ないことになる。こうした相転移が存在することを実験データと理論モデルで示し、情報カスケード相転移と名付けたものでした。
つまり、2択のクイズを十分多数の集団にカンニングさせながら回答させると、そのクイズが10人に1人以下しか正解を知らない問題であるなら、100回に40回は多数派の選択は間違っているけれど、10人中2人以上が正解を知っているなら、多数派の選択は正しい。そして、こうした水が氷になるような質的な変化は、十分多数のヒトの極限(専門用語では熱力学極限)で相転移となり、水が氷になる変化と同列に語ることができる。
この「カンニング」で被験者に与えた情報は、2択の各選択肢を選択したヒトの数。相転移が起こる理由は、その数に対するハーダーの反応が鋭いから。左図はその実験データを示したものです。横軸が選択肢Aを選んだヒトの比率、縦軸にはその情報をカンニングしてハーダーがAを選ぶ確率を描いたものです。図はAを選んだヒトの比率50%を原点とした原点対称になるので、50%以上をプロットしています。
10人中5人がAを選んだ場合(n1/t=0.5)、ハーダーが選ぶ確率はA、B共に同じで50%。しかし、10人中6人がAを選ぶと、Aを選ぶ確率は70%まで上がる。さらにAを選ぶヒトの数が増えるとAを選ぶ確率は上昇するのですが、重要なのは10人中5人から10人中6人での選択の確率の変化。この変化が鋭く、青の点線で示した対角線よりも上にある時、系は相転移を起こします。この変化が鈍く、ニュートラルの50%から10人中6人で60%以下にしかならず、対角線よりも下にくると相転移は起きません。 このような確率の急激な増加は動物界でもよく見られ、Quorum 反応と呼ばれたりするそうです。ヒトの場合、絶対数に対する反応ではなく、あくまで率に対する反応なので、その点がQuorum反応とは異なりますが、起きる現象は非常に似ています。
では、「カンニング」で与える情報を各選択肢を選んだヒトの数ではなく、オッズにするとどうなるでしょう。ここでオッズは各選択肢を選んだヒトの数の逆数に比例し、競馬のオッズと同じく、正解を選んだことに対するリターンはオッズに比例するとします。例えば、10人のうち、Aを9人、Bを1人選んだ状況では、Aのオッズは自分の選択を含めた11をAを選んだ9人+自分1人の10人で割って1.1倍。Bのオッズは11をBを選んだ1人+自分の2人で割って5.5とします。このとき、ヒトはどのように選択し、その結果、十分多数のヒトが回答すると何が起きるのか?それが今回の論文で扱った問題です。
正解を選んだことに対するリターンがオッズに無関係の場合、選択者数を与えた場合と同じことになります。オッズが小さい=選択者数が多い、オッズが大きい=選択者数が少ない、なので、オッズの小さな選択肢にハーダー(正解を知らないヒト)の選択が集中するでしょう。しかし、今回の実験ではオッズが小さい選択肢はそれを選んで正解してもリターンが小さく魅力にかけます。一方、オッズが大きな選択肢は、人気のない選択肢なので間違っている確率が高いでしょうが、それを選んで正解すればリターンは大きく魅力的です。もちろん、正解を知っているヒトには選択の余地はありません。オッズが小さくリターンが小さくても、それを選ぶしかない。では、ハーダーはどうするのか?どうするのが正しいのか?
ゲーム論的には、この状況はゼロサムゲームになり、Max-Min戦略をとるのが最適であることが知られています。そのMax-Min戦略とは、共同研究者の久門さんによると「選択肢を選ぶ比率をオッズに逆比例させ、比率×オッズが選択肢A、Bで同じになるようにしなさい」というものです。そうすれば、A、Bが正しい確率がどうであっても、その不確定性を消すことが可能である。このように、オッズに逆比例する比率は、オッズが選択者数に逆比例したので、選択者数に比例する比率と同じことが分かります。つまり、10人中6人がA、4人がBを選んでいる場合、60%の比率でA、40%の比率でBを選ぶのがゲーム論的に正しいということです。もし、ハーダーがこのように選択をするなら、上記の相転移は起こらず、どんなに難しい問題であっても、十分多数のヒトが回答すれば、多数派の選択肢が正しいことが分かります。
では、実際にはどうなのでしょう。左図が実験結果です。選択者数を与えたときの上図の振る舞いとは異なり、ほぼ対角線に乗っていることが分かります。これはゲーム論での最適戦略を被験者集団が採用していることを意味します。ただし、Aを選ぶヒトの比率が3/4を越えると、Aを選ぶ確率は3/4のままで増加しません。これは、オッズが小さくなりすぎ、Aの魅力が低下したため、オッズの大きなBを選択する傾向が増したためと考えられます。もちろん、この傾向は最適な振る舞いではないのですが、競馬でも万馬券狙いのバイアス(Favorite-logshot bias)があることが知られていて、それと同じことが起きているのでしょう。もっとも、クイズの場合、万馬券(倍率100倍)とは程遠く、たかだか4倍程度の倍率のオッズでヒトが欲に目が眩んでいるのですが。
また、10人中7人程度のところで、対角線を微妙に越えていることも分かります。この結果は、オッズを与えた場合でも相転移することを意味します。ただし、相転移が起こるハーダーの比率は非常に高く、シミュレーションでは99%。この結果は、100人中1人しか正解を知らない問題なら、相転移し、多数派が間違うこともあるけれど、10人中1人の状況なら、そうした事は起きないことを意味します。
以上が論文内容。2010年の夏からこうした実験を始め、まるまる2年かけたものです。こうした内容を微妙ととるか、面白いととるかは、ヒトそれぞれ。私自身は十分楽しい(苦しい!)ものでした。
共同研究者の久門さん、高橋先生、および実験を手伝ってくれた北大のニコルさん、中村さん、北里大の入江君と2010年の卒研生のメンバーの神田朋彦ヘンリー君、石澤遼君、熊谷直紀君、辻崇史君(元気にしてますか?)、また実験に参加してくれた北大および北里大のみなさん、ありがとうございました。
追記:11月15日にPhyscal Review Eに投稿したら速攻で雑誌が違うからという理由でリジェクト。前途多難な予感がします。
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