2012年11月7日水曜日

量子論の基礎

「量子力学を学ぶのにいいテキストは?」ときかれて、私が推薦するのがJ.J.SakuraiのModern Quantum Mechanics。自分が学生のときに最初に読んだ量子力学のテキストであり、その構成に感動したからというのが理由。なぜ、Sakuraiだったのかというと、当時入っていた東大駒場のサークル「自然科学研究会」の先輩が「いい本」だと輪講していて、それに影響されての選択でした。

Sakuraiのすばらしいところは、量子論の「状態」「観測」をまず1個のスピンというもっとも単純な系で展開すること。それによって、ブラ・ケット、内積、エルミート演算子、固有ケット、展開係数、確率を導入し、古典論との違いを際立たせる構成をとっていました。

一方、その他の名著とされるシッフやメシアはシュレーディンガー方程式を解くことに力点をおいていて、はっきり言っておもしろくなかった。

こうした経験からSakuraiの本を推薦してきたのですが、明日の11月8日、9日に東大の清水明先生が「ベルの不等式」に関して講義されるとのことだったので、評判のよい「量子論の基礎」を読んでみました。

結論から言えば、おもしろい本です。Sakuraiのテキストを彷彿とさせる簡潔・明晰なテキストで、量子論での状態、観測量、確率解釈、時間発展、理想測定の5つの要請をもとに展開します。特におもしろかったのが理想測定というもので、Sakuraiでは登場しなかった概念。また、不確定性原理に関しても、ハイゼンベルグのもの(測定誤差と測定による撹乱による誤差)、非可換な演算子の別個の観測によるもの、同時の観測によるもの、を分けて(結果だけですが)解説している点もすばらしい点です。

また、異なる場所での観測の間の相関に関する 不等式(ベルの不等式)は、局所実在論の系では必ず成立するが、量子論ではそれが破れることを予言し、実験でも検証されているので、量子論は局所実在論を越えた理論である点がその本質なのだとあります。

という感じで、すばらしい本なのですが、不満点をいくつか。まず、理想測定をどう実現するのかが分からないので、要請5を置く意味がよく分からない。量子力学を勉強していて一番難解なのが「観測とは何か?」であり、特に「いつ観測されたと考えるのか」がいまだに私には分かりません。例えば、スピンの観測では非一様磁場によるシュテルン・ゲルラッハのが有名ですが、磁場が弱い場合、磁場の素のフォトンとスピンが相互作用せず、観測されたことにはならないはず。では、どこから「観測は始まるのか?」とか。こういうのは、私の量子光学やレーザー物理に対する理解不足からくるものではあるのですが、そうした点を含め「量子測定理論」のエッセンスが欲しかった。

 また、これはテキストに対する不満ではないのですが、ベルの不等式は確かに局所実在論を明晰に否定したことは事実ですが、内容は干渉効果なので、ダブルスリットによる電子の干渉と内容的にはパラレル。二つのスリットのどちらかを通るという局所実在論を干渉縞が否定するのと物理的には同じなのでは、と。もちろん、ダブルスリットだけなら、局所実在論を保ちながら干渉縞を説明する理論はできる?ので、そうした曖昧さを完璧に排除する点で「ベルの不等式の破れ」はすごいことは理解できるのですが。

とにかく明日、明後日の講義が楽しみです。

追記:高校から大学に入ったころは、Sakuraiやフランコ・セレリの「量子力学論争」などを読んで、量子力学を究めるつもりだったのが、いまではヒトを使った集団社会実験とそのモデル化や競馬の研究をやっている。いったいどこで間違ったのか、と考えていくと、素粒子論の勉強で数学にハマったのが元凶。もういちど量子をやるか、それともヒトの意思決定の闇に切り込むか、迷うところです。ヒトの意思決定にも量子論が使われていて、眉つばだとは思うのですが、観測に対する撹乱などを考えていくと、量子論の枠組みは有効なのかもしれません。ヒトの意思決定は局所実在論ではとらえきれるとは思えないし。そこを明晰にえぐり出す「ヒトのベルの不等式」を定式化して実験で示せればいいのでしょうが(もっとも、ヒトの考えることは同じなので、やろうとしているヒトはいるはず。要はアイデアと実験をやりきる力)。

追記2:特別講義は非常に面白いものでした。ただ、「実在性」といわれてピンとくる学生さんでないと、なかなか難しい面もありました。話はEPR(Einstein-Podorsky-Rosen)の論文から始まるのですが、そこで定義される「実在性」の定義がツッコミどころ満載のもの。ただ、学生むけなので、私があまり質問するのも気がひけるので極力スルー。そして、古典的な素朴実在論は否定され、量子論という局所(=因果律)理論で現象が記述出来ることをベルの不等式が破れることで一網打尽に示し、残りは最近の研究の紹介。数式もほとんどなく(北里では量子も統計力学も選択科目という事情に配慮されてのものでしょうが、最後に「線形代数はやってますか?」という質問が出たことにショックを受けている学生さんも)、わかりやすく話していただきました。ただ、古典的な素朴な実在論は否定されても、「状態、物理量は、それを準備・観測する実験装置まで含めれば実在だ」と答えていただいた(私の誤解でなければ)ので、実在性を否定したわけではない。

理想測定について講義後に質問させていただいたのですが、シュテルン・ゲルラッハの実験のような磁場が非常に強く、観測誤差が小さい実験のことであると教えていただきました。詳しくはPhysics Report(2005)にFAQがあるとのことなので、時間が出来たら勉強してみたいと思います。

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