佐宗先生の量子統計力学に関する著書。「おわりに」では、「大胆な本を書いてしまった,と我ながら思う.」とあります。その意味は、統計力学の基礎づけを量子力学に置く点にあります。これは難しい問題で、統計力学が適用可能なのは、量子力学の方程式が計算できない(解けない)系の場合であることにあります。この場合、系の物理量の時間発展を量子力学で計算することはできません。つまり、「系が解けないからこそ統計力学は適用可能なのですが、解けない以上は、平衡状態とはどういう状態か分からず、その物理量=平衡値も計算できず、統計力学の定式化には量子力学をまともに使うことができない」という構造になっているわけです。
このテキストでは、量子多体系の波動関数の時間変化から出発して、マクロな物理量を観測する時間Tとマクロな物理量の関係を議論して密度行列が出てくることを解説し、マクロな系の典型的な状態がマクロな系の状態のほぼすべてであることをもとにミクロカノニカル分布を導く点に特色があります。それを系が孤立している場合と、系以外の環境と接触している場合で行い、後者の例として、観測での波束の収縮も解説しています。観測時間Tは、十分短いことを前提としていて、従来の教科書によくあった「Tはほぼ無限大で、エルゴード性から長時間平均=状態での平均」といった、奇妙な定式化とは一線を画しています。
田崎先生の統計力学が「基礎づけには異論がある」「教科書には不向き」と「参考書」のところで書かれています。個人的には、量子多体系での典型的な状態が位相空間で占める割合がシステムサイズが無限大の熱力学極限で1になること、平衡状態の性質とはその典型的な状態の性質に他ならないこと、の2点に統計力学の基礎(ミクロカノニカル分布)をおく田崎先生のテキストのほうが、観測時間Tを導入しなくてすむ(一個のミクロな状態でOKなので、Tは無限小でよい)ため簡潔で理解はしやすいと思います。実際、「観測時間Tでの平均=エネルギーがEの状態での平均=密度行列ではエネルギーがEの状態の成分のみ」を導いたあとは同じ論理展開なので、熱力学で統計力学を基礎づける場合は、観測時間Tの議論がないほうが楽です。ただ、統計力学は熱力学極限の場合だけ適用できればいいというものではないので、有限の系&観測時間Tでの物理量の計算を定式化し、実験で検証することは重要な問題です。
その他、イジング模型の平均場理論での比熱や自由エネルギーの計算が丁寧に書かれている点も参考になります。アマゾンの書評では「誤植が多い&売り物以前」などと酷評されていますが、著者の書きたかったことを理解するのには障害とはなりません。ただ、熱力学を田崎先生や佐々先生の本などでしっかり学んでから読まないと、量子論だけで統計力学はできている訳ではないので、理解不十分となる点は注意が必要です。
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