2010年10月26日火曜日
オレルの博士論文
以前、週間天気予報の予想精度が予報時間(予報発表時点から予報の対象とする時点までの時間:forecast time)とともに落ちると説明しました。つまり、明日雨が降るかどうかの予報より明後日雨が降るかどうかの予報のほうが信用できないという、経験上も、またより未来のことなのだからその難しさもイメージしやすいことを述べただけです。
では、なぜ未来のほうが予報の精度は落ちるのでしょうか?月や太陽が空のどこにあるのかは、何十年後まででも精確に予言できる。月食や日蝕がいつ起こるのか完璧な予言が可能。では、未来の天気の予言はなぜ難しいのか?物理では、その原因はカオスであると教えているし、また、気象学者もそう考えている。つまり、天気の時間変化はその非線形性から初期状態の違いに敏感(初期値鋭敏性=「カオスの定義」)で、一方、ある時点での天気の状態を完全に知ることは不可能(観測網は50キロ間隔とかで、その間の地点での情報はない、など)なので、そのことが天気の状態の誤差となって、未来の天気の状態を計算しても誤差が大きくなってしまう。結果、外れることが多くなる。未来になればなるほど、予報時間が長くなればなるほど、誤差は指数関数的に増加するので、外れる率も増加し、明日よりも明後日、明後日よりもし次明後日のほうが天気予報は外れやすくなる。
つまり、大気の状態の時間変化がもつカオス性が天気予報が外れる原因である、と考えられているわけです。大気の対流の簡単なモデル(たった3個の変数しかないモデル)を研究し、それがカオス性をもつことを発見したローレンツ(1963)以降、そう信じてきたわけです。ローレンツはその3変数のモデルの時間変化のパターンに蝶の形をした、いわゆるローレンツアトラクタを発見し、この「蝶」が天気予報の難しさの象徴となったわけです。天気は蝶がひらひらと飛ぶような気まぐれな時間変化を行う。そして、気象学者はその気まぐれな蝶を網をもって追いかける。蝶はきまぐれに飛ぶ(カオス)のだから、天気予報が外れるのは仕方がない、というエクスキューズも気象学者に与えてくれた蝶。
でも、気象学者が使っている網は、蝶をちゃんと追いかけることは出来るのでしょうか?ある時点での蝶の位置の誤差(初期値の誤差)がその後の蝶の位置の計算結果に大きな誤差を生むというのは正しいのでしょう。けれど、そもそも網が蝶を追うことができないなら、初期値の誤差がどうのこうのという以前の問題ということになります。
気象学者は、網はちゃんと蝶を追えているという信念のもと、初期値誤差に対応して網の大きさを大きくすればいいと考え、「アンサンブル予報」を開発しました(1993)。これは、異なる初期状態を多数用意し、その時間変化を計算して出来た多数の未来の状態の様子から、確率の言葉で予言するというものです。1匹の蝶では初期位置の誤差に対応できないので、初期値の誤差に対応した大きな網を用意し、その中に多数の蝶をいれて(気象学者の網の運動のモデルで)飛ばす。多数の蝶のうち80%が雨、20%が晴れに到達したなら80%で雨が降ると予言するわけです。けれど、網の大きさをおおきくし、蝶の初期値誤差に対応したつもりでも、網が蝶を追えないなら意味がありません。蝶が本来飛んだであろう位置と網の位置がまったくずれてしまうので。
気象学者の信念は正しいのでしょうか?彼らの網はちゃんと蝶を追えるのか?この問題を扱ったものとして、以前、オレルの本「明日をどこまで計算できるのか」の紹介をしましたが、彼の主張を理解するために、2001年オックスフォードでの博士論文「Modelling Nonlienar Dynamical Systems: Chaos, Uncertainty and Error」を読んでみました。
彼の博士論文の動機は、天気予報が外れる原因はカオスといわれるけれど、それは本当なのだろうか、天気予報に使うモデルのもつ誤差(モデル誤差)は無視していいのだろうか、という点です。ここでモデルといっているのは、未来の天気の状態を計算するのに使う微分方程式のことであり、気象学者がもっている網の運動を記述するものです。彼は、モデル誤差を計算する方法を開発し、初期値の誤差による誤差(初期値誤差)、天気予報の誤差と比較しました。結論は、モデル誤差のほうが初期値誤差よりも大きく、3日後までは天気予報の誤差のほぼすべてはモデル誤差である。また、天気予報に使っているモデルは天気の状態を数時間しか追跡できない(=モデル誤差が観測誤差程度の大きさになる時間が数時間)というものです。数時間なら確実に予言できるけれど、それを越えれば網が蝶を捕まえられるかどうかはサイコロの世界の問題になるわけです。
つまり、気象学者のもつ網は蝶を数時間しか追うことができない。いくら網を大きくしてもあまり効果はなく、数時間すれば網から抜け出た蝶と見当違いなところを網は動くことになります。ちなみに、左上の図はオレルの博士論文の最後のページに描かれていたものですが、すでの網の中に蝶はいませんし、この後網が蝶をとらえるかどうかはサイコロ次第。
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